アキラ君の人間観察記-9-

「お見事!」
本来、調理用ではない剣で器用にレインボーグッキーをさばくリロイに、キャッシュが賞賛の声をかける。
「あんなに可愛らしいグッキーが、見る間に……なんだか食欲をそがれますわ~」
キャッシュのとなりでか弱い声を上げるマリーに、ジュディがサイコロステーキを頬張りながら物言いたげな視線を向ける。
「だったらお姉ちゃんは食べないでおいたら。代わりにジュディが食べてあげる!」
「あら……食欲がそがれると言っただけで、なくなるとは言っていないわよ」
ジュディのとなりに腰を下ろし、マリーは手にしていたモツ類の炒めものを食べ始めた。
新たに手渡されたレインボーグッキーを黙々とさばき続けるリロイが手にしているのは、今、彼の目の前にいる美青年の本来の姿である、前時代文明が残した剣、ラグナロクだ。
高密度の立体映像を使って人の姿を模したラグナロクは、相棒リロイの鮮やかな剣使いを不服そうに眺めながら、ため息を漏らしている。
「いつも言うように、本来、私は調理目的で造られたわけではないのだがな……」
「お前が一番、使い慣れてるんだよ」
アキラが大振りの包丁を貸そうとしたのだが、リロイはそれを辞退していた。
言い合っている間にレインボーグッキーをさばき終わり、リロイはとなりで身肉の整理をしている少年の手元に目を向けた。
「しっかし、変な獣だな。毛の色が違うだけで、肉も中身もこうまで違ってくるとはな」
「それが、レインボーグッキーがレインボーと呼ばれる由縁のひとつなんです。倒されたときの形態によって、肉質も変わるんですよ。牛肉に豚肉に羊肉……鳥や魚のような風味の場合もあります」
感心しているのか呆れているのか、リロイは曖昧な表情を浮かべている。
自分の作業を終え、少年は部位ごとに整理した肉を持ってアキラの屋台へと歩いて行った。ジュディらの横を通り過ぎる際に、彼女に声をかけられている。
「あ、ノース君、ノース君! お手伝い終わったら、いっしょに食べようね! ノース君のぶん、とってあるから!」
「はい! ちょっと待っていてくださいね」
彼らの声を聞きながら、リロイは剣をひと振りし、刀身についた血や油を振り落とした。屋台にちらと目を向け、少し首をかしげる。
「……普通のグッキーは何味なんだ?」
「グッキーはグッキーの味だろう。そら、リロイ。これで最後だ」
投げて寄こされた赤毛の獣を受け止め、リロイは大きくうなずくと最後の解体作業にとりかかった。
屋台から少し離れたところには、10代の若者らが集まって腰を降ろしている。
ヒロユキ、ルビィと合流したヴェントは、ジュディが食べているのとは違う肉質のサイコロステーキを平らげ、満足そうに屋台を眺めている。
「屋台に立ってるときのアキラって、本当、楽しそうでいいよなあ」
「彼はきっとあれが天職なんだよね」
ヴェントとヒロユキの間に挟まれたルビィが、お好み焼きをつつきながら賛同する。
「当然じゃない。私の占いによるとね、アキラは一生、ルビィちゃんのために鉄板に向かい続けるってことになってるんだから」
「いやいやいや……鉄板には一生向かい続けるかもしれないけど」
「ルビィのためではないと思うなあ……」
両サイドからの否定の言葉を気にもせず、ルビィはお好み焼きをひと切れ口に入れた。
「んっ。すごい、これ、グッキー味だ」
彼らと一、二メートルほど離れた辺りに座り、お好み焼きを食べているのはティーダとユウナだ。口いっぱいにお好み焼きを頬張りながら、何事か話し合っている。
「ひょんほー、ふまいっス! アキラ、天才」
「うん。ほんほ。今度、ふちにもひゅっ張ひてくれないかなあ」
その斜め後ろの辺りに座っていたスコールは、呆れ顔だ。
「口にものを入れてしゃべるなよ……というか、よく話が通じるな。まあ、だいたいのところはわかるが……」
「いやあよねー、バカップルはこれだから」
くすくす笑いながら、リノアは爪楊枝でチヂミをひと切れ刺した。
「はい、スコール。あーん」
「やめろよ、恥ずかしいな……」
眼前に差し出されたチヂミを拒否するスコールだが……。
「あれ。なあんだあ。スコール君、お水が欲しいのかなあ?」
にっこりほほ笑むリノアがリヴァイアサンを呼び出すのを見て、慌ててチヂミを食べた。
「はい、スコール。あーん」
「――あーん」
これを横目にしていたユウナは、きらきらした目でティーダを見上げ、自分のお好み焼きの皿をかかげた。ティーダは照れ笑いを浮かべながら、自分の皿を草の上に置く。
「はい、ユウナ」
「あーんっ」
ピンク色にでも染まったかのような空気に半ば呆れ、半ばうらやましそうに、ヒロユキはつぶやいた。
「どっちも充分、バカップルだよね……」
「あーあ。こんなことなら、俺もティフォンつれて来りゃあ良かったぜ」
投げやりな声を上げるヴェントの横で「無いわー」と漏らし、何に対する否定なのか、ルビィは首を横に振った。
屋台の周りに集まっているのは、多くが20歳以上の大人グループだ。
次にロングシャンクで開くオフ会にも屋台を出張してくれるよう頼まれたアキラは、苦りきった顔をしている。
「冗談じゃねーぜ。ったく、ゴージュさんよぉ」
鉄板の上に広げた食材をせわしなくかき混ぜながら、アキラは続ける。
「あんたさあ、この前、地上絵でオフ会やったときも進行役放棄してどこか行ってたろ。あのときも結構な騒動が起きて、なだめるの大変だったんだぜ。どうせ、次も自分だけ遊ぶつもりなんだろ。俺はもうこりたね。金輪際、あんたの誘いには乗らねーよ」
「まあ、そうイカるなよ」
鉄板上で香ばしいにおいをあげる肉と野菜を眺めながら、ゴージュは苦笑いを浮かべた。
「そのわびも兼ねて、レインボーグッキーを持ってきてやったんじゃねーか」
「そりゃあ、そうだけどよ」
屋台のそばに用意された御座に座って焼きそばなどを食べているのは、ウシワカとアーロン、ヴィンセントだ。彼らと背中合わせに何かを食べていたブリズはアマテラスに絡まれ、食べ物の載った皿を空腹の白狼から遠ざけようと必死だった。
「まあ、今回はそもそも呼んだ面子が悪かったよな。オルステッドが呼ばれた時点でもう絶対ェ何か起きるって思ってたんだ、俺は」
屋台を挟んだ反対側で肉厚のステーキをつつきながら話しこんでいるのは、イスカンダールとオキクルミだ。彼らを眺めながらのアキラの言葉が耳に入ったのか、アキラの背後、屋台からは少し離れた位置でレバ刺しを食していたオルステッドが彼に目を向けた。
「だいたいさぁ、なんで会場が墓場なんだよ。墓場で宴会とか、わけわかんねーし」
「……逆らい難い御仁からのたっての要望なんだよ。ちなみに二次会はマイスん家だから安全だぜ」
「うわー。嫌だー。嫌だね。墓場なんて場所を指定してくるようなひねくれたオバン連中相手にまともに接客出来る自信、無ぇわー」
通常より野菜の比率が高い肉野菜炒めを皿に盛り、アキラは料理の完成を待っていた女性に皿を手渡した。彼女は薄いベールの奥に微笑を浮かべ、礼を言って皿を受けとる。
「大丈夫だ。お前ならあの連中相手にだって対等にやりあえる。俺は信じてるぜ」
「口で言うだけなら簡単だよな。ま、俺の次回参加はあり得ねーから、どっちだっていいんだけどよ」
ゴージュの「道連れが欲しいだけ」といった意味合いの心の声を確認しつつ、アキラは乾いた笑いを浮かべながらそっぽを向いた。
すぐに小さな笑い声を聞きつけ、振り向く。
肉野菜炒めを手に屋台を去ろうとしていた女性が、体半分だけ屋台のほうへ向きながら、口元に楽しそうな笑みを浮かべている。
「あなたは次回も参加することになると思いますよ。でも、安心してください。次のオフ会は、参加者同士の喧嘩の類は一切、起きませんから……」
軽く会釈すると、彼女はルビィらのいるほうへと歩き去って行った。
「ほっほー。大占い師サファイア様のお墨つきがついたか。じゃあ、まあ。次もよろしく頼むぜ、たい焼き屋」
「よせよ。行かねーっつってんだろ」
渋い顔をしながらも、アキラは調理の手を止めない。
肉がいい具合に焼けたころに、レインボーグッキー肉を抱えたリロイと、ラグナロク、キャッシュがやって来た。
「ご苦労さん。こいつ食っていいぜ」
レインボーグッキー肉と引き換えにステーキの乗った皿をもらい、リロイはラグナロクをともなって屋台を去って行った。
ゴージュのとなりに並び、キャッシュは人当たりのいい笑顔を浮かべながら言う。
「アキラ君、次の墓場オフにも屋台出張するんだってね」
「え……」
「いやー。楽しみだなあ。次は僕も参加するんだ。君のたい焼き、楽しみにしていたんだけど、今回はゴージュ君につれ出されてろくに会に出席できなかったからね」
少し強張った顔でうめき声をもらし、アキラはちらとゴージュのほうを見やった。黙したまま小首をかしげて見せるゴージュにさも嫌そうな顔を浮かべてみせ、キャッシュへと視線を戻す。
「……悪いなあ。俺、次は行けないんだ」
「えー、そうなのか?」
「うん。その、ちびっこハウスで夏祭りやるんでさ、そっちに出店する予定で……あー、だから、行けないんだ。や、正直、ガキの祭りになんか出たくねーんだけどさ。はは、ははは……」
アキラにしては珍しく、ぼそぼそと覇気のない物言いに、ゴージュは思わず笑い出しそうになるのを必死にこらえている。あきらかに嘘をついているような声音なのだが、キャッシュのほうは全く疑うことなく、
「へえ、夏祭り。それじゃあ仕方ないな……」
残念そうな顔で返してから、すぐに笑みを浮かべて続けた。
「長年お世話になってきた場所なんだ。そんな嫌そうな顔をしないで、恩返しだと思って頑張ることだね」
キャッシュの言葉と笑みに良心が痛んだのか、アキラは顔を引きつらせた。これを見たゴージュはこらえきれなくなったのか、キャッシュに背を向け、くつくつと笑い始める。この超能力を持った不良少年が、特定の性質を持った年上の相手に対してのみ、妙に従順になることをよく知っているためだ。
「あ……うん、まあ、その、なんだ。祭りのほうは雨天中止だからさ、もしかしたらそっちの会に出向くことも、あるかもしれねーんだわ。そんときゃあ、まあ、よろしく頼むぜ……」
「雨天中止。ああ、そうかあ……複雑だなあ。個人的には君に来てもらえたら嬉しいけど、子どもたちのことを思えば、やっぱり、晴れてほしいものね」
キャッシュと目を合わすことが出来ず、アキラは注文もないのに手近にあった肉を鉄板で焼き始めた。
遂には大きな声で笑い始めるゴージュを睨みつけ、何か言ってやろうとアキラが口を開きかけたときだった。
屋台周辺のグループから少し離れた辺りで男の怒声が響いた。
驚いた皆が声のした方向へ目を向けると、逃げるクラウドをセフィロスが長刀を振り回しながら追いかけているのが見えた。クラウドの手にはサイコロステーキを串に刺したものが数本、しっかりと握られている。
「……おい、ゴージュ。主催者の仕事だぜ。最後ぐらいガツンと決めてくんな」
笑いを収めたゴージュは、顔をしかめる。
「冗談じゃねーな。俺にあの連中を相手にしろってのかよ。お断りだぜ」
「ッかー! あんたって、本当、主催者失格だよな。なんのために存在してんだ?」
仕方ないだろ、とばかりに肩をすくめるゴージュ。アキラはもう一度セフィロスらに目を向けたものの、疲れきった表情でため息を漏らすばかりだ。
いまだ逃げ続けるクラウドに、相変わらず長刀を手に彼を追うセフィロス。
動こうとしないアキラとゴージュに嘆息して、キャッシュが仲裁に入ろうと足を踏み出したときだ。
すぐ横を白い狼が走り抜けていった。
「大神サマ」
「慈母様」
「おいおい。やめとけよ、イヌ公」
それぞれの呼びかけを背に、アマテラスはぐんぐんスピードを上げる。
初めは小走り程度だった速度が、やがて最高速度に達した。
いち早くアマテラスの接近に気づいたセフィロスが、岩をも砕くアマテラスの頭突きを華麗にかわす。
その彼には見向きもせず、アマテラスは最高速度を保ったまま疾走を続ける。
ようやくアマテラスに気づいたクラウドが、半面振り返って驚愕の声を上げた。
「神レベル」を自称するクラウドの逃げ足も、さすがに本物の神には敵わなかったようだ。
その距離は見る間に縮み、アマテラス渾身の頭突きは見事にクラウドを突き飛ばした。
「あーあ。何やってんだか」
倒れたまま動かず、アマテラスにべろべろ舐められているクラウドを遠目に眺めつつ、アキラは首を振った。周りにいた者は、巻きこまれないように移動した者も含め、既に落ち着きをとり戻して談笑を再開している。
「大神サマ!」
アマテラスは倒れてもなお串刺しのサイコロステーキを放さないクラウドの手を舐めていたが、アキラが手招きしているのに気づくと小走りに戻ってきた。
「ありがとうよ、不甲斐ない主催者の代わりにごたごたを治めてくれて」
いい具合に焼けた肉を差し出し、にっと笑う。
言葉はゴージュへのあてつけなのだが、当のゴージュはあまり気にしていないようだ。
アマテラスの気持ちのいい食べっぷりを眺めていると、今度は先ほどとは違う場所で怒声が沸き起こった。