英雄は魔王?

木々の緑、海の青が彩る美しい大地。人々の創り出した建造物もまた、それに調和するように静かに佇んでいた。
平和な王国、ルクレチア。だがそこに人々の姿はなかった。あるのは、美しい景色には一致しない、殺伐とした乾いた空気。そして、異形の魔物たち。
この大地は、時の流れが止まっていた。

魔王山――かつて、全てを破壊しつくすと恐れられた魔王の住む山。天空を貫かんとそびえ立つその山肌には、草木一本生えず、ただどす黒い岩肌を露出させるばかりである。
山のふもと、裸の岩肌にぽつりと備え付けられた荘厳な扉は、しかし不思議と不気味な山の空気に調和している。決して開くことのない、何とも不思議な扉だった。

どれほどの時間が過ぎたのか、魔王山のふもとの扉が開いた。
そして、その奥に果敢にも立ち向かう七人の勇者たちがここにいた!

田所ヴェント「あそこの扉、いつのまにか開いてんじゃん。行ってみようぜ!」
キャッシュ・キッド「待った。全員で行くのは危険だ、何があるかわからないからね」
ジュディ・ジョウ「そうですね。じゃあ、ここはやっぱり……」
心山拳継承者・ジュディにつられるように、ヴェントとキャッシュも彼女の視線の先へと目を向ける。その先には、忍びの者・ルビィ丸と、学習機能つき超高性能ロボット・マイスがいた。
ジュディ・ジョウ「偵察隊を送り込むしかないですよね♪」
偵察隊に選ばれた二人は口々に不平を漏らす。
ルビィ丸「ちょっと待ってよ、私が行くわけ? 嫌よ、何か気味悪いもん」
カトゥ・マイス「勘弁してくれ、面倒くさい……」
その二人に拳をバキボキ鳴らしながら近づく影。
高原ローラ「さっさと行きな。後がつっかえてんだ。それとも…千手観音のコンボ喰らいたいかい? 何なら大激怒岩盤割りでもいいけどねぇ」
ルビィ&マイス「…………;;;(激滝汗)」
格闘世界チャンプのローラに脅され、偵察隊の二人はそそくさと偵察へ向かうのだった。

扉の奥は、山の内部だとは思えぬほど整然とした建築物が広がっていた。床にはモザイク模様のタイルが敷き詰められ、壁面には美しい花や蝶の姿が彫り込まれている。言うなれば、城、だろうか。魔王山の内部に存在するのだから、おそらくは魔王城であろう。美しい外観も、内部を漂う何とも言えない不気味な空気のせいか、冷たい無機質な印象を強めている。
おまけに、この「魔王城」は、外を徘徊している魔物よりも強力なものがうろうろしていた。
ジュディ・ジョウ「随分奥まで来ちゃったけど…」
ルビィ丸「最深部が近いのかもね。気のせいか、さっきから魔物が強くなってきてるもの」
十字路をいくつか通り抜け、そのたびに襲ってくる魔物を辛くも撃退し、一行は延々と続く通路の前へ出た。
ルビィ丸「な~んか、あからさまに怪しいわね。クサイわよ、この通路」
高原ローラ「ずいぶん長いみたいだね、暗くて一番奥が見えないよ」
ひたすら奥へと延びる通路を、覗き込む一行。その奥からは、一層不気味な気配を感じる。臭気ともいえるほど濃い、何かの意思のような不思議な気配。
ジュディ・ジョウ「う~ん。立ち止まってたって何も変わらないよね。ちょっと私が見てきます。奥に着いたら、ファミリアちゃんたちをこっちに送りますから♪」
皆の士気が微妙に落ちているのを敏感に感じ取ったのか、最年少のジュディが明るく言ってみせる。ゆっくり顔を見合わせる残りの大人たち。キャッシュが少し後ろめたそうな面持ちでジュディの肩に手を乗せ、言う。
キャッシュ・キッド「だったら、僕も行こう。一人で行くのは危険だよ」
通路の奥へと向かいかけた二人を止めたのは、ヴェントだった。
田所ヴェント「待てよ。俺が行く。連絡なら、俺のテレパシーの方が早いし、何かあっても俺ならすぐに逃げられるからな」
ジュディ・ジョウ「ヴェントさん……」
心配そうに見上げてくるジュディに、ヴェントは親指をピッと突きたて、ニカッと笑ってみせる。
田所ヴェント「女の子を危険な目に遭わせるわけにはいかないからね」
颯爽と通路の奥へと駆け出すヴェント。その背に、ローラの呟きが投げかけられる。
高原ローラ「ホント、何を言っても格好良くない子だね…」
田所ヴェント「っるせー、知力永遠25の筋肉バカー!」
高原ローラ「……っ(怒)」
……通路付近の壁にヒビが入ったのは、その直後のことだった。

どこまで行けば、終わりが来るのだろう。
この先は、地獄か何かに繋がってんのか?
うんざりしたように呟くと、ようやく通路の終わりが見えた。唐突に広い部屋が現れ、ヴェントは足を止める。
ずいぶんと広い部屋だった。通路を抜けて真正面に位置する場所に、翼と剣、そして二つの仮面をつけた不気味な魔物の石像が安置されている。そして、その石像を囲むように、それぞれ別の姿を象った石像が七つ安置されていた。
背後に巨大な龍を従えた男、法衣を何重にも着込んだ男、鎧で身を包んだ華奢な女――そのどれもが、まるで生きているかのような、精巧な像だった。中でもヴェントの目を引いたのは――
田所ヴェント「――コイツは……トゥースじゃねぇか! 何だってこんな所にアイツの石像が……?!」
覚えのある顔だった。石像のすぐ下に取り付けられたプレートにも――トゥース・B・御韻呼――……とハッキリ書かれていた。確かにソレは、トゥースを象った石像に違いなかった。
田所ヴェント「――うわあっ?!」
石像に手を伸ばした瞬間だった。石像の目の部分が赤く光り、ヴェントの身体に強力な電流が駆け抜けた!!

ルビィ丸「?!!!」
通路前にて待機する六人。唐突にルビィが倒れこみ、ジュディが駆け寄る。
ジュディ・ジョウ「だ、大丈夫ですか、ルビィさんっ!」
ルビィ丸「あ。ごめん。大丈夫。ちょっと眩暈がしただけ」
壁にすがるようにして立ち上がり、ルビィはまた皆と同じように通路の奥へと視線を向ける。ヴェントからの連絡は、まだない。
高原ローラ「しかし遅いね。もう二十分は経ってるんじゃないかい?」
待っているのが我慢ならないような様子で、ローラが言う。キャッシュが彼女の腕をつかんでいなければ、今にもヴェントの後を追って走っていってしまいそうだ。
ジュディ・ジョウ「あ……」
またしばらくして、ジュディが小さく声をあげる。皆の視線が集まる。
ジュディ・ジョウ「ヴェントさんの声、聞こえる……でも、何だか途切れ途切れで、何を言ってるのかサッパリ分からないんですけど……」
互いに顔を見合わせ、頷く。皆の意志はひとつにまとまった。
高原ローラ「行くよ、みんな!」
キャッシュの手を振り払って叫ぶローラを筆頭に、通路前に残っていた皆も奥を目指して駆け出した。

ローラ達が通路の奥へと辿り着いたとき、その部屋にヴェントの姿はなかった。
高原ローラ「おかしいね……あの扉の奥に行っちまったのかい……」
ジュディ・ジョウ「見て、この石像!」
ジュディに言われ、皆、それぞれ石像に目を向ける。そうして、ヴェントの時と同様、驚きの色を隠せない様子で、口々に石像のモデルの名を口にした。
キャッシュ・キッド「どうして、こんな所に?」
返答できる者は誰も居なかった。
不意に石像の目が、赤く輝く。皆の全身を電流が流れ、意識が薄れる――瞬間、ルビィは石像とは別の、見覚えのある人物の姿を捉えていた。
ルビィ丸「おっさん……?」
手を伸ばそうとした瞬間、ルビィの意識は完全に吹き飛んでしまった。

さあ……捧げるのです。貴方がたの全てを……
ルビィ丸(うーん……うっさいわねぇ……)
死ね!!
ルビィ丸「?!!!!」
空を切り裂く煌きを、手にした剣で反射的に受け止める。虚ろだった意識は完全に覚醒し、ルビィの目前には見覚えのある人物がいた。
ルビィ丸「ジーン!!!」
剣と剣、身体と身体、互いに反発するように飛び退る。名を呼ばれた女――ジーン・尾手・ムーアは高笑いをしながら言った。
ジーン・尾手・ムーア「虫けらが! 私の名を気安く呼ぶんじゃありません!!」
ルビィ丸(何よ、これ! 何で……?!)
ジーンの攻撃を紙一重でかわしつつ、ルビィは当惑の色を隠せないまま呟いた。
ルビィ丸「幻ね、コレは」
ルビィは確かにジーンと戦った。だが、それはこの不可思議な世界へやってくる前の話だ。戦いは、終わったのだ。
ルビィ丸「だったら、容赦しないわよ!」
とは言っても、苦戦は必須だった。実態のある幻……相手の攻撃が当たれば、自分も傷つくのだ。
どれほど「幻」と剣を交えただろう。
突き出した刃が、ジーンの胸を貫いた。
そして、「彼女」はこの世のものとは思えない不気味な雄たけびをあげ、霧散した。ルビィの周囲が闇に包まれる。
ルビィ丸「ふふ、ん……あの子の真似なんか、するから、よ……」
楽勝とは言えなかった。傷ついた身体を抱え、ルビィは黒い床に倒れこんだ。

石像の安置された部屋で、ルビィは目を覚ました。見上げれば、ジーンの石像は粉々になっている。起き上がって辺りを見回すと、皆、自分と同じように「幻」と戦っていたのか、石像の前に座り込んでいる。
田所ヴェント「よ。ヒールタッチ…っと」
頭の上にぽんっと手を乗せられ、見上げると、すぐそばにヴェントが立っていた。
ルビィ丸「あんたも無事だったんだ」
田所ヴェント「当たり前だろ。ま、あのヤローが出てきたときはさすがにビビったけどね」
言って、ヴェントはトゥースの石像があった場所を指差す。そこも今は粉々に砕けた石片が散らばっているだけだ。
アーミック「うわ~」
カトゥ・マイス「うおっ?!」
残っていた二人も、幻との戦いから解放されたらしく、何もない空中から放り出され、床上をバウンドしていた。
高原ローラ「わけが分からないね。一体何なんだい、ここは」
苛々したように、ローラが中央の石像を蹴りつけながら言う。
彼女に蹴りつけられた瞬間、中央の石像の、仮面の目に当たる部分が赤く輝いた。
高原ローラ「うっ?!――……って、何も起こらないようだね」
皆の緊張がわずかに緩む。しかし――
拍手の音が響く。部屋の中に、彼ら以外の何者かが唐突に現れたのだ。
白銀の鎧に身を包んだ若い男だった。その瞳はどこまでも深く、異様なまでに無機質な光を湛えている――不思議な存在感を放つ男だ。
田所ヴェント「誰だ、お前」
いつになくヴェントが鋭い声で問いかける。
鎧の男はふっと微笑を浮かべた。これもまた、どこか無機質だ。
???「我が名は、イスカンダール。さすがは我の呼びし者ども。我が分身たちを退けるとは」
ルビィ丸「あんたがイスカンダール? ふざけんじゃないわよ!」
ルビィが顔を赤くして前へ出る。
ルビィ丸「私が知ってるイスカンダールはねぇ……ッ!」
魔王イスカンダール「小娘が」
イスカンダールの放った電流に、ルビィはあっけなく吹き飛ばされてしまう。
田所ヴェント「テメェ、さては悪だな?!」
魔王イスカンダール「我は魔王なり。我、力を欲さんとす」
ぶつぶつと何やら言いながら近づいてくるイスカンダールに、皆、臨戦態勢になる。
魔王イスカンダール「真の力持ちし者どもよ、我が生贄と成りたまえ!!!」
中央に安置された石像……全てを破壊するもの、カオスルーラーの石像が、不気味に光り輝く!

魔物というにはあまりに美しい存在だった。色とりどりの花に包まれたソレは、この世の全てを受け入れているようでいて、同時にこの世の全てを否定しているようだった。全てを憎み、全てを破壊しつくそうとする、邪な存在――
七人の勇者達は、必死にそれと戦った。
それぞれの想いを否定しないために。失わないために。
そして、残してきた者たちの元へ帰るために。

そうして、「魔王」は敗北した。

魔王イスカンダール「私を……殺せ」
「魔王」の目からは、無機質な光はすっかり消えていた。人間的な光を取り戻した瞳を満たしているのは、激しい憎悪。
彼の言葉に従う者は、誰もいなかった。
魔王イスカンダール「何故だ……」
「魔王」はがくりと膝をつき、失望したように呟いた。
高原ローラ「あんたを殺したところで、あたしたちにゃあ何も得することはないしね」
「魔王」は答えない。
ジュディ・ジョウ「ねえ、魔王さん。私たちね、おうちに帰りたいだけなの。ここに来たのは、その、あなたを殺したりするためじゃないの」
ジュディが「魔王」の前にしゃがみ込んで言うと、彼はわずかに顔をあげた。
ジュディ・ジョウ「ここから帰る方法、教えて?」
しばらくの沈黙。
「魔王」は震える指先で、粉々に砕けた石像を指差した。
魔王イスカンダール「……あの石像の前へ立つがいい。そして、念じたまえ。汝らの望むものを――」

ルビィ丸「――私が知ってるイスカンダールはね、あんたよりもうちょっとだけ、強かったよ」
あんたももっと強かったら…こんな苦しい思い、せずにすんだかもしれないのにね?
ルビィの呟きに、「魔王」はわずかに眉をひそめた。

七人の勇者たちは魔王山を去り、「魔王」はひとり、城に残された。
「魔王」はふらりと立ち上がり、扉の奥へと向かう。扉を開けた先は、魔王山の山頂だった。ぽつりと建てられた石碑の前へ跪き、石碑に刻まれた文字に指先を這わせた。
「魔王」がかすかに微笑みを浮かべる。

石碑には、こう書かれていた。

――我と、我になりし者、ここに眠らん――

「魔王」がかつての友の名を口にすると、彼の身体はまるで幻か砂のように崩れ去ってしまった。
程なくして、時を止めた大地に新たな時が流れ出した。

???「…ま? イスカンダール様!」
???「おい? しっかりせんか!」
後頭部に鈍い衝撃を受け、イスカンダールは我に返った。振り返ると、彼の臣下であり、助言者であり、良き友であるリース・トーレスとアリス・アンブローシアが、不思議そうな顔で立っている。
イスカンダールの頭を殴りつけた鉄杖を下ろし、リース・トーレスは呆れたように言った。
リース「この森を抜ければ、魔王山だ。お前がそんなことでどうする?」
イスカンダール「はは……すまない、何か悪い夢を見ていたみたいだ」
アリス「まあ……白昼夢ですの? 魔王山は長い道のりですわ。しばらくここで休んでいきましょうか」
本当に心配そうに言うアリスに、イスカンダールが答えるよりも先にリースが答える。
リース「こいつを甘やかすな、アンブローシア。休憩など無用。急がねば、取り返しのつかないことになる」
アリス「ですが……」
イスカンダール「大丈夫だ。さあ、行こう」
アリスを安心させるためにか、必要以上に明るい調子で言って、イスカンダールは歩き出した。
イスカンダール「我らが姫は、すぐそこに――だろう?」

魔王山には、不気味な黒い霧がかかっていた。

――――(完)――――

フォロー(あとがき)

スクエアの超迷作RPG、ライブアライブとU:サガを融合させてみる一発企画でした。
うろ覚えなので間違いは多いです。熱と勢い重視で修正はしない方向でお願いします。

キャスティングは、

ジュディ→ユン・ジョウ、キャッシュ→サンダウン・キッド、ヴェント→田所晃、アーミック→ポゴ、ローラ→高原日勝、ルビィ→おぼろ丸、マイス→キューブ。
トゥース→オインコ様、ジーン・ムーア→尾手院王。
イスカンダール→オルステッド(魔王)、リース・トーレスとアリス・アンブローシア→ストレイボウ

でした。見事にどちらの作品からもかけ離れたものに。むしろ、夢オチ(正夢)……!
ちなみに、問題の姫はリヴェルヴァーラ……。