アキラ君の人間観察記-3-

「――んじゃあ、俺ぁそろそろ抜けるぜ。目的は果たしたからな」
「そうか。ご苦労」
ヴェントがトゥースから「小僧」カードを奪ったのを見届けてから、アキラは車座の中から立ち上がった。セフィロスは声をかけてきたが、他の者は完全にカードに集中していてアキラが立ち上がったことにすら気づいていない。それでもすぐとなりにいたオルステッドはさすがに気づき、
「アキラ」
呼びかけつつアキラの両手をとってぶんぶんと上下に振り、頭を垂れて「ありがとう、ありがとう」と小声で何度も言った。どうやら、アキラがころころムシのカードを奪いとったことにただならぬ感謝の念を抱いているようだ。
「あー……まあ、いいってことよ。消えたころころムシ、早く戻ってくるといいなあ?」
辟易した様子のアキラの言葉に、オルステッドはゆっくりと顔を上げ、「そういえば……」と言いながらヴェントのほうへ視線を向けた。和やかだった表情は徐々に険しいものに変わっていく。
「あの男、確か先日、山に来た運び屋の弟――」
「あ!」
アキラが急に素っ頓狂な声を上げたので、一同の視線がアキラとオルステッドに集まった。
「違う、違う。あいつは何も関係ねーよ? だってあいつはチーム・ドラゴンハートのリーダーなんだぜ、お前が言ってるのはただの運び屋だろ? だいたい、あれがあれと兄弟に見えるかよ、似てねーにも程があるぜ」
必死に弁解するアキラの言葉も効果は薄く、ヴェントが着ている鮮やかな緑のパーカーをしげしげと眺めるオルステッドの表情はますます険しくなっていく。にわかに殺気立ったオルステッドの気迫にも頓着せず、再びカードを引く作業に戻っていく車座の中で、トゥースは小首をかしげながらつぶやいた。
「チーム・ドラゴンハート? まだ結成前だろう」
「おう……結成予定、だな。っつか、アキラのヤロー、言いたい放題言いやがって!」
オルステッドの殺気を一身に浴びて気圧されたヴェントは、心もちトゥースの背後に隠れながらも本音の見え隠れするアキラの弁解に憤慨した。
「……関係がない、だと? そんなの嘘に決まっている。あいつは確かに弟がいると話していた。そしてそこの男は、あいつが話した特徴に合致している――おい、貴様!!」
「うわあ!」
「オルステッド!」
目にもとまらぬ速さで剣を抜くと、オルステッドはその切っ先をヴェントに突きつけた。慌ててアキラがオルステッドを羽交い絞めにし、トゥースは無言でオルステッドとヴェントの間に割って入る。
この騒動にも平然としているセフィロスに、横からオキクルミがいまだトゥースが所持している腹踊りのカードについて質問し、ケフカはカードの束をいじりながら何やら怪しい動きを見せていた。
完全にアウェーなクライドは、オルステッド他、険悪な空気を漂わせる隣人たちを眺めておろおろするばかりだ。
「貴様の兄が、俺の大事なころころムシをつれ去ったんだ! 俺が言ったんでは埒があかん。貴様、弟なら責任をとれ。今すぐに行ってとり返してこい! 早く行け!」
完全な命令口調だった。ヴェントは思わず涙ぐみながら「何やってんだよ、兄貴……」と漏らしている。
「だいたい、ころころムシってなんだよ、わけわかんねーし!」
「数日前にお前の兄さんが魔王山に登った後、周辺のころころムシが何匹かいなくなってたらしくて……」
「だから、ころころムシって何……うわっ!」
アキラの腕を振りきって、オルステッドがヴェントに襲いかかった。鋭く振り下ろされた刃はトゥースが素手で軽く受け流し、彼はそのままオルステッドの前に立ちはだかった。
「――貴様、邪魔立てする気か!」
「邪魔立ても何も……。ほとんど異常者だな」
ついさっきまで穏やかな、おとなしそうな顔つきをしていたオルステッドの変貌っぷりを目の当たりにし、トゥースは眉をひそめた。猛獣のような双眸を見つめるその顔には、憐れみすら浮かべている。
そこへ、なんとも気の抜ける声がかけられた。
「あれ? おとりこみ中ですか?」
見れば、ヴェントと同じ上着を来た青年が、困惑した様子で立っている。
「あ、兄貴……!」
「あちゃあ……なんで今、来ちまうかね」
ヴェントとアキラが同時に声を上げる。それに一瞬遅れてオルステッドが何やら叫び、やってきた青年――ヴェントの兄、ブリズに剣の切っ先を向けた。
「貴様が俺から奪ったころころムシ、今日こそ返してもらうぞ! 覚悟しろ!」
「? なんの話……」
言い終わる間もなくオルステッドが剣を横なぎに一閃してきたため、ブリズは慌てて身をかがめて彼の攻撃をさけた。危ない人だなあ、などとぼやくブリズの横をすり抜け、怒りを露わにしたトゥースがオルステッドにつかみかかる。
「兄貴! 兄貴、ちょっと!」
完全に戦闘モードに入ってしまったトゥースとオルステッドから遠ざけるべく、ヴェントとアキラは車座から少し離れた位置でブリズに呼びかけた。
手招きされるままにブリズが向かったのは、セフィロスの背後だ。
「いったい、何をもめているんだ?」
「兄貴が原因だよ、もう! 兄貴がオルステッドの大事な何かをとったって、俺までとばっちりを受けたんじゃねーか――チクショー!……ぐすん」
オルステッドに剣を突きつけられた恐怖と、トゥースに助けられた悔しさが入り混じった複雑な表情で言ってみたものの、ブリズがうなりながら首をかしげているのでヴェントは言葉を詰まらせた。彼自身、事の詳細を知らないため、それ以上の説明を加えようがないのだ。
「ブリズさんさあ、この前、俺といっしょに魔王山に行ったじゃん?」
間近で繰り広げられる剣と素手の攻防を気にしつつ、アキラが珍しく遠慮がちに言う。
「あの後、ころころムシが何匹かいなくなったってオルステッドが騒ぎ始めたんだけど、ブリズさん、まさかころころムシ持ち出したりしてねーよな?」
「えー? 俺、持ち出したりしてませんよ」
特に慌てた様子もない返答に、アキラはブリズの心を読もうと目を細める。しかし、すぐに首をうなだれ、荒々しく息を吐いた。
「かーっ! ダメだ。なんも見えねー。極まれにいるよな、こういうやつ」
それに重なるようにブリズは手を打ち鳴らしてつぶやいた。
「ああ、でも、ちょっとした細工はしてきたな。もしかすると、あれが何か問題になってるのか……」
「ええ? なんだよ。あんた、何したんだよ!」
ブリズは少し照れたような笑みを浮かべている。
「いやあ、なんというか。あれだけ巨大な幼虫、成長したら何になるのか気になるじゃないですか。だから、何匹かに目印のリボンをつけてきたんですよ」
「……そんだけっすか?」
「ええ、それだけです」
拍子抜けした様子でまじまじとブリズの顔を眺めてから、アキラは腕を組んで考えこんだ。
「虫がリボンつけられたぐらいで消失するわけねーもんな。だったら、原因は別にあるってことか……」
そこでクライドが唐突に悲鳴を上げたため、アキラの思考は中断された。
「な、なんだあ?」
見れば、クライドが額を押さえて草地に倒れこんでいる。
どうやら、オルステッドとの戦いでヒートアップしたトゥースの攻撃に巻きこまれたようだ。
自分自身の危機は完全に回避したと判断したヴェントが、にやにやしながら言う。
「あーあ。ありゃあ、ちょっとやそっとじゃ止まらないな」
怒ったクライドが乱入する形でトゥースへ攻撃系の術をけしかける。
猛烈な熱波にあおられ、草の上に置かれていたカードのほとんどが吹き飛んだ。
クライドの攻撃を苦もなくよけ、トゥースはオルステッドへの攻撃を再開し、オルステッドは「標的」が増えたことにも怒りの表情を変えず、何やら大技の準備態勢に入る。
「まったく……仕様がない連中だ」
オキクルミがそわそわと刀の柄を握ったり離したりするのを横から制し、セフィロスは立ち上がった。
「貴様ら、暴れるのは勝手だが――」
不可視の黒いオーラが辺りに漂い始める。本能的に身の危険を感じたように、オキクルミは低くうめきながら後退する。
「場所をわきまえろ、カードが散乱しただろうがぁああああ!!」
いち早く危険を察知したトゥースが逃げようと身をよじるが、間に合わない。セフィロスの放った一撃を、オルステッドはもろに受け、そばにいたトゥースもクライドも巻きこまれてしまった。目に見えない邪悪な気配のかたまりにエネルギーを吸い尽くされたように、三人同時に草地へ倒れこむ。
「暴れたいなら好きにすればいい。だが、この場で争うのは俺が許さん。やるなら別の場所へ移動しろ」
虫の息の男三人を蔑むような目で見下ろしてから、セフィロスは何事もなかったかのように散らばったカードを拾い始めた。そして、不意を突くように愛刀正宗をケフカの首元につきつけ、「貴様は今しがたカードにつけた目印を消せ」と恫喝するように言い放った。
荒々しく舌打ちしながらもセフィロスの言葉に従うケフカを横目に、オキクルミは軽く肩をすくめ、少し前まで座っていた場所へと戻ってきた。
「う……うう……こんな生殺し……トドメを、させよ……チクショー」
かすれた声でうめくオルステッドの横で、トゥースもまた消え入りそうな声でつぶやく。
「LP残量1だと……こんな状態でいったい何をどうしろというんだ……クソ……くたばりぞこないの人造種め、覚えておくぞ……!」
更にその横でクライドが「私、関係ないのに」などとつぶやいたときには、オルステッドともども「関係大有りだ!」と異口同音にツッコミを入れた。
「はいはい。ピュリファイかけますから、動かないでくださいね」
倒れたオルステッドのそばに颯爽とひざまずき、ブリズは彼の頭の辺りに手をかざした。
回復の術を受けたオルステッドは、わずかばかりの元気をとり戻してよろよろと上体を起こし、少し上にあるブリズの顔を睨みつける。
「ほいよ、ヒールタッチ!」
遅れてやって来たアキラの癒しの力を受けて更に回復したオルステッドは、意味のない叫び声を上げながらブリズにつかみかかろうと手を伸ばした。
「――と。落ち着けって、オルステッド! ころころムシの一件、ブリズさんは関係ねーんだよ! ただ、ちょっと飾りたててやったってだけで……」
「か、ざ、り、だァ?!」
アキラに羽交い絞めにされたオルステッドは、その腕を振りきろうともがきながら、なおもブリズを睨みつけている。まるで親の仇でも見るかのような目つきだ。そんな剣呑な眼差しを受けながらも、ブリズは穏やかな表情を崩さず、
「黄色いリボンです。番号をつけて、手のところに――」
言いながら指先に紐を巻くようなしぐさをして見せた。
「リボンを? それだけか?」
疑わしげに言って、オルステッドは真偽を見定めようとブリズの目を覗きこんだ。怒気は少し薄れていた。
「勝手な真似をしたことは、謝ります。申し訳ない。けど、その後、彼らが行方知れずになった理由は俺にもわかりません――ああ、大丈夫ですか?」
空気が抜けたように脱力してオルステッドが腰を落としたため、彼を全力で押さえこんでいたアキラはつられて膝をつき、警戒しながらも手を引いた。
「黄色いリボンか……それは可愛らしいだろうな……。いや、疑ってすまなかった。君の言葉に嘘はないと、信じよう。怪我はないかい?」
人の好くような笑顔。先ほどまでの凶悪な怒気は完全に消えていた。差し出されたオルステッドの手を反射的に握り返しながら、ブリズは初めて少し不安そうな顔を見せた。
「俺は大丈夫ですよ。ただ、消えたっていうころころムシたちが心配ですね……俺もいっしょに探しましょうか?」
「いや、いいんだ。虫は自由だから、どこまでだって旅をする。そのうち帰ってくるだろう」
言葉とは裏腹に、オルステッドの笑みには少し影が落ちている。
彼らの足元で腹ばいになったまま、トゥースがぼそりとつぶやいた。
「単純に、自然の摂理にのっとって他の魔物に喰われただけなんじゃないのか……」
その言葉を聞きつけて振り返ったオルステッドの顔が、再び険しいものになりつつあったため、アキラはトゥースの首元にエルボー・ドロップを見舞った。弱っているところに更なる攻撃を受けたトゥースは苦鳴を漏らして突っ伏し、しばらくは声も出ないようだった。
「しっかし、おかしな話だよな? いくら自由っつっても、一定のテリトリーはあるはずだろ。そこから抜け出すなんてこと、そうそう無いはずだろうに……うーん」
すっきりしない様子で考えこむアキラの横で、トゥースは上体を起こし、苦しげに息をついた。それを見ていたブリズは、同じく身を起こそうと奮闘するクライドを視界に収めつつ、トゥースのそばにしゃがみこんだ。
「ピュリファイ、かけましょうか?」
「やめろ! ピュリファイでLPは回復せん。どうせなら――」
言いながら、四つん這いの姿勢でトゥースは視線を横へ滑らせる。
「生きのいい血を――」
セフィロスの背後から様子をうかがっていたヴェントは、トゥースと目があった瞬間ぎょっとした様子で首を振り、早口に言った。
「お、俺は駄目だぜ! 昨日トーキョーシティで献血してきたばっかりなんだ!」
あきらかに嘘としか思えない弁明だ。低いうなり声を上げなら、トゥースはじりじりとヴェントのほうへと這っていく。クライドもそれにならおうとするが、四つん這いになったところで再び力なく倒れこんでしまった。
「ひとり10万ギルで20ミリまでなら、俺の血を提供してやってもいいが。どうする?」
自然とヴェントを背後にかばう格好になってしまったセフィロスが、あざけるように言った。散乱したカードは元の場所に戻され、手元ではサイコロを投げ、カードを引くという作業を続行させている。
「要らんわ! 貴様は半死人のようなものだろうが……!」
牙をむきつつ吐き捨てるように言うトゥースの後ろから、ブリズが嬉しそうに近寄ってきたかと思うと、足元から引きちぎった草を問答無用でトゥースの口に押しこんだ。
「LP回復といえば……薬草ですね!」
「ぶはっ?!」
土まじりの草を吐き出し、トゥースはさすがに怒った様子でブリズの顔を見上げた。
「これはシロツメ草だ、LP回復効果は望めない!」
「とは言え、この近辺に薬草は生えていないようだぞ、トゥース。ひとまずHPだけでも回復させないか」
横から口を挟んできたクライドにうなずき返しながらも、諦めきれないトゥースは辺りを見回した。同じように草の上に視線を巡らせていたブリズが、かなり離れた場所を指差して言った。
「あ。あれ、緑の薬草じゃないですか?」
彼が言い終わらないうちに、トゥースとクライドは薬草を目指してほふく前進を始める。
「おい、お前ら」
少し行ったところでセフィロスが声をかけてきたので、トゥースが柄の悪い返事をして半面だけ振り返った。隙有りと見て前進の速度を速めるクライドの腕をつかみ、動きを止める。
「五分、やる。それまでに戻ってこなければ、貴様らの名の入ったカードを全て腹踊りに書き換える」
「……!!」
ケフカが奇声のような笑い声を上げる。それを聞き終わるまでもなく、トゥースとクライドは互いに相手よりも先に薬草を手に入れようと、もつれ合うようにして前進を再開した。 数メートルも進まないうちに、クライドの放った蹴りをもろに股間に受けたトゥースが声もなく悶絶する。それを見たセフィロスは、ほとんど無表情につぶやいた。
「醜いジジイどもが……」
その背中に寄り添うようにして吸血鬼たちの攻防を見守っていたヴェントは、何やら含み笑いを漏らしている。
「へへ、へ……今、俺のケツの下に青い薬草が生えてるんだが、これは教えてやるべきかなあ?」
「好きにすればいいだろう」
一瞥することもなく形式的に返し、セフィロスは座りこんだままのオルステッドへと目を向けた。
「さて。どうする、オルステッド。次はお前の番だが?」
「あ……すまない。続けるよ」
「離脱している間に、代わりにカードを引いておいた。確認しておけ」
言われるままに手持ちのカードを確認したオルステッドの顔が、明るいものになる。が、サイコロを投げ、カードを引いた途端、絶望したような表情へと変わっていった。
そのこと自体はあまり気にとめず、車座の抜けた部分をちらりと見やってからセフィロスはサイコロを投げ、カードを引いた。まずは、クライド。そしてトゥースのぶんだ。クライドはまだ薬草の生えている場所を目指して草地を這っている真っ最中で、トゥースはようやく激痛から立ち直って上体を起こしたところだった。ただし、吐き気をもよおしたようにうめいたまま、まだその場を動けないでいる。
呆れたようにふたりの吸血鬼を眺めていたアキラが、「やれやれ」と声に出してトゥースのそばにしゃがみこんだ。手をかざし、体力回復の念を与える。
「おい」
何やら背後でごそごそしているヴェントに声をかけ、セフィロスは彼にサイコロを投げてよこした。サイコロを受けとったヴェントは、セフィロスの横手へと移動し、サイコロを投げた。
出た目は、六だ。
小さなガッツポーズとともに歓声を上げるヴェントの手に、青い薬草が握りしめられているのを見たブリズが横から手を出して呼びかける。
「ヴェント。薬草」
「んぁ?」
気の抜けたような返事をして、ヴェントはブリズの顔と手の中の薬草とを交互に見やった。兄の言わんとするところを敏感に察した様子で、ヴェントは渋い顔をしながら、
「せっかくの薬草だぜ。半分死んでるアンデッドにわけてやる義理はねーよ」
薬草をポケットにしまいこもうとした。その横からセフィロスが口をはさむ。
「ちなみに――さっき代わりに引いたトゥースのカードの中に、お前の名前が入っていたんだが」
ギョッとした様子で振り返るヴェントと目を合わせようともせず、続ける。
「やつがめでたくタイムオーバーした暁には、お前は再び腹踊り候補者か。クックック……これは見ものだな」
その「名前」の中にはセフィロス自身を含め、この場にいるほぼ全員の名前が入っていたため、ケフカ以外の面子が全力で阻止しにかかるだろう。まず「腹踊り」が実行されるようなことはない。が、セフィロスが引いたカードを伏せていたため、再び自分の上に降りかかろうとしている「可能性」を予見したヴェントは動揺した様子でトゥースのほうへ目を向けた。
アキラのおかげで大幅に体力を回復させたトゥースは、それでも弱々しい動きでクライドの後を追いながら彼への罵声を口にしているところだった。
「ほら、ヴェント。早く薬草を渡して」
「しょーがねえなあ、もう」
嫌々ながら、ヴェントは青い薬草をブリズに手渡した。
「後でたっぷり礼金をふんだくってやる」とぼやくヴェントに「相互扶助って言葉を知らないのか?」と返しつつ、ブリズはトゥースとアキラのもとへ戻った。
「俺の力じゃあ、LPまでは回復できねーんだ」
「体力の回復だけでも大した力ですよ」
トゥースの前にひざまずき、その口に深い藍色をした葉っぱを強引に押しこむ。
「むごっ?!」
「ほら、薬草です。元気を出して!」
容赦のない勢いにむせこみながらも、青い薬草のおかげで力をとり戻したトゥースは震える声で叫んだ。
「こんな……こんな、通常の薬草すらほとんど生えていないようなエリアで青い薬草だと? お前らは天使か、神か?!」
「大袈裟だなあ」
「なんでもいいけど、そろそろ五分経つんじゃねーか? 戻らなくていーのかよ」
アキラが顎で示した先を見れば、セフィロスがクライドとトゥースのカードを手元に引き寄せようとしているところだった。
咄嗟にセフィロスに向けて下僕コウモリの一撃を放ち、トゥースは滑りこむように車座の中へと舞い戻った。
「戦線復帰だ! カードは返してもらおう」
「残り、45秒――まあまあだな」
トゥースへカードを返すセフィロスのとなりでは、オキクルミがサイコロを投げている。
いまだ戻ってこないクライドに、ヴェントが呼びかける。
「クライドさーん!」
数十メートル先で振り返ったクライドは、口に薬草をいっぱい頬張ったまましばし固まる。すでに全快して車座の中へ戻っているトゥースに気づいて、「なぜだ?」と言わんばかりに大きく目を見開いた。
「30、29、28――」
セフィロスがカウントダウンを始めたので、クライドは慌てて車座めがけて走り出した。薬草のおかげで多少は回復したようで、その足取りはしっかりとしている。
「……7、6」
「戻ったぞ! 五分以内だ!」
肩で息をしながら倒れこむようにトゥースのとなりに座ったクライドは、そこにあるはずのカードが見当たらなかったので少し引きつった顔でセフィロスを見た。
「ご苦労。ギリギリだな」
クライドにカードを投げ返し、セフィロスは残り少なくなった中央のカードの束へと視線を落とした。
「オルステッドが引けば、ひとまず終了か」
となりでサイコロを投げるケフカの様子を見守っていたオルステッドは、それを聞いてやや緊張した様子で姿勢を正した。
一同の行動を興味深そうに眺めていたブリズが、アキラに小声で問いかける。
「――あれって、いったい、何をしてるんですか?」
「ん? ああ。ゲーム形式で次のオフ会の予定を決めてるんだ。俺は途中で抜けたけどな」
「へー」
屋台へ戻ろうとしていたことを思い出したアキラは、最後にもう一度だけ車座をぐるりと見回してから屋台のほうへと歩き出した。
その横に駆け足で並び、ブリズが声をかける。車座の面々は、相変わらず騒がしい。
「アキラさん、屋台に戻るんですよね?」
「うん。オルステッドが暴れたおかげで予定より長い休憩になっちまったけど、いい加減、戻らねーとな……あ!」
言いながら、ハッとした様子でブリズのほうを見上げ、次いで数メートル先の屋台を指差し、バツが悪そうな顔をする。
「もしかして、向こうで待ってた?」
ブリズが苦笑しながらうなずいたので、アキラは大仰にため息をついて空を仰いだ。
「……たい焼き、よっつ。お願いできますか?」
「ああ、ダイジョーブ! すぐ作るよ!」
「あ、それから、酒の肴なんて作れますか? アーロンさんがご所望なんですけど……」
「は? 酒?!」
急ぎ足で屋台へと向かいながら、アキラは頓狂な声を上げた。
「かーっ! 酒類持ちこみ厳禁って聞いてねーのかよ、あのおっさんは! まあ、いいや……テキトーに、なんか作るわ」
「お願いします」
ほとんど走るように屋台へ戻ってきたアキラは、そこでようやく暖簾の下に人影があることに気づいてギョッとしたように立ち止まった。